第40回 日本を感じられる「掃部山公園 」

桜木町駅から山側の紅葉坂を登った右側に広がる小高い緑の丘が掃部山公園です。
この丘には、明治初期に来日した外国人鉄道技師用官舎技師たちの官舎がありました。
また、涌き水が鉄道用水として利用されたこともあり、付近一帯は鉄道用地として 「鉄道山」と呼ばれていました。 時は江戸末期、ペリーの来航を迎えようとしていた時に政治の表舞台に踊り出た井伊 直弼は、大老に就任した1858(安政5)年に日米修好通商条約の調印を果たしました。

しかし彼の独裁的な政策 に反発も多く、 1860(安政7)年、江戸城桜田門外で水戸浪士らの襲撃を受けて(桜田門外の変)46歳 の生涯を閉じました。


その後、井伊直弼の出身地である旧彦根藩の士族らが記念碑の建立を計画しました。
1881(明治14)年 開港の海を見渡せる鉄道山を井伊家として買収、井伊直弼が名乗っていた「井伊掃部 頭(かもんのかみ)直弼」 にちなんで「掃部山」と呼ぶようになりました。
1909(明治42)年には銅像が作られ たものの、旧攘夷派の流れを 汲む人々によって首を落とされ、さらに第二次大戦による金属回収指示によって取り 払われてしまいました。
現在の銅像は1954年(昭和29年)に再建されたものですが、台座は初代のものが使わ れています。 井伊直弼の銅像からはランドマークが臨めますが、井伊家所有時代に造営された公園 内の日本庭園など、 日本の歴史を感じることの出来る場です。

取材場所詳細

場所:掃部山公園
住所:横浜市西区紅葉ケ丘57  ★地図
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